時折、若い頃好きだった人のことを思い出すことがある。その思い出は、彼女とのさりげない会話を甦らせる。そして、そのやりとりを思い出しているうちに、ぼくはその会話の中にあった、彼女のあるひと言に引っかかってしまう。それは、『結婚』という言葉だ。
普段の何気ない会話の中での言葉だったので、その時ぼくは聞き流していたが、回想の中でその言葉を反芻していくうちに、
「もしかしたら、あの時彼女は、ぼくにそれを求めていたのかもしれない」
という考えに行き着く。
仮にその通りだったとして、その時にぼくが彼女の言葉の真意をわかっていたとしたら、そしてそのまま結婚へと発展していたとしたら、当然ぼくの人生は大きく変わっていたに違いない。
まあ、その時そのことをぼくに気づかせなかったのも、その後二人をその方向に向かわせなかったのも、すべては運命のしわざということなのだろう。
嫁さんと出会ったのは、その会話があった時からおよそ三年後のことだ。運命はそちらの方向にぼくを向かわせたのだった。